星に願いを、月に祈りを

わたしがいつ何をしたか書いてあります。みなさんの生活に全く関係のないことです。

親を殺した話

 

わたしには親がいません。

わたしが殺したからです。

 

わたしは精神的虐待を受けて生きてきました。暴力も沢山受けました。つらいことが沢山ありました。でも18歳までそれを虐待だとか暴力だとか思わず、普通のことなんだと本気で思って生きてきました。

 

わたしは医者の家系に生まれた、勉強の良くできるお嬢さまでした。金銭面でいえば何不自由なく生きてきました。自分は幸福で、家族に愛されていると思っていました。私は恵まれている。私が不幸なわけがない。わたしが不幸だなんて言ってはいけない。...こういった思いが、強迫的な祈りのようなものであったということに気づいたのは高校3年生の時でした。

 

自分の幸せのために生きようと決心したのもその頃です。わたしは医者を目指していました(医者になる以外の選択肢を与えられてこなかった)が、人間の身体に全く興味を持てず、本当に、本当に医者になりたくありませんでした。いくら社会的地位も高く、年収がいいと言ったって、そんなことどうでもよかった。やりがいがあるなんて言われたけど、それは父親にとってそうであるだけで、わたしは違う。わたしが興味を持っていたのは人間の身体ではなく、心でした。臨床心理学。わたしは何としてでもこの分野に行きたかった。この学問に惚れていたし、人生を捧げたいと思った。(きっとこの学問を通して自分のことを知りたいという気持ちもあった)

 

わたしの意思は拒絶され、わたしの受験は誰も応援してくれませんでした。応援してくれないくらいならまだ良かった。全力で邪魔をされました。頭の回転が早く話の面白かった親はその鋭さで、私のことを毎日毎日、朝から晩まで皮肉り、罵倒するようになりました。嫌な顔をすれば暴力。抵抗すればまた暴力。日常生活をすべて監視されるようになりました。外に出ても車で後をつけられました。

 

快活だったわたしは、疲れやすくなり、睡眠を多く必要とするようになり、だんだんと授業を受けることができなくなり、シャーペンを握ることができなくなり、突然涙が流れるようになり、部屋からでることができなくなりました。どうしてもどうしても行きたかった大学、そこへの距離がどんどん遠くなっていくのが辛かった。もうどれだけ動こうとしても身体が動かないのが悲しかった。だんだんと生きている感覚がなくなり、少しずつ死を考えるようになりました。泣いて、泣き疲れて気絶するように寝て、その繰り返し。わたしは、部屋を出ず、床に倒れたまま呼吸だけをしている、廃人のようになっていきました。

 

ある夜、また苦しくなってきて、泣きました。泣くというか、発狂に近かった。 頭が痛かったし、もう訳がわかりませんでした。辛かった。わたしも含め、みんなみんな全部消えればいいと思いました。

母親が部屋に入ってきて、そんなわたしを抱き上げて、肩を抱いて、何の曇りもない素直な瞳で見つめてきました。わたしはもう動く元気もなく、体を預けました。母親の体は暖かかったし、優しかった。顔を見るのは一週間ぶりか。こんなに優しい親もいたっけな。力無いわたしは、頼りたいな、頼れたらいいのにな、甘えれたらいいのにな...と思いました。親は、何日かぶりに姿を見たわたしに、この身も心もボロボロになったわたしに何を言うんだろう。「ごめんね」かな、「一緒にゆっくり頑張ろう」かな.....今思うとこれがわたしが親に抱いた最後の希望でした。

親の口から出た言葉は、

「あなたは何をそんなに苦しんでいるの?」でした。

思考が停止した。意味がわからなかった。頭がおかしいのか?どうしたらそんな言葉を言えるんだ?本気で、わたしがなぜ苦しいのかわかっていないのか?そんなことがありえるのか?本当に医者なのか?本当に親なのか?頭の中が疑問で溢れた。憎い。憎い。憎くて憎くて憎くて憎くて憎くて、本当に憎くて、、絶望した。こんな人間のために死んでたまるか。お前らが死ねよ。毒親

 

 

そんなわけでわたしに親はいません。

親は死んだ。あの日にわたしが殺した。

あれが親に対する最後の希望で、最後の絶望だった。

 

あの人たちは、「わたしのお金を払ってくれる人」になりました。

彼らはお金があれば何でも解決すると思っています。成績も学歴も幸せもお金で買えるし、娘との関係もお金で解決できると信じ込んでいます。お金をかけることと、愛しているということが、彼らは必要十分条件だと思っているようです。そう思い込んだまま、その調子でわたしの学費と生活費全部払ってくれ。

 

彼らの前で彼ら好みの娘を演じれば生活費と学費を出してもらえる。本質的にパパ活と何一つ変わらない。わたしも嬉しいし、彼らも嬉しい。理想の関係じゃないですか。彼らは本当に良いパパ・良いママですよ。世界一のパパとママだと思います。